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役をひきうけるということ

中学のPTAの執行部役員は3年任期。毎年6名の女性役員の中の2名が交代します。私はあと2年任期がありますが、来年度の役員さんを探し、依頼する時期がやってきたので、「この方に」と名前があがった方の所へ、役員皆で突撃家庭訪問をしてきました。「一度考えさせて下さい」とのお返事。当然の事ですが、それを見て私は「そうか~、即答しなくていいんだ~」と驚きました。

思えば、息子が中学に入学する数ヶ月前、まだ小学6年生の冬のある朝、玄関のインターホンがなり、出てみると、私の密かに尊敬するPTAの役員の母親代表さんともう1人の役員さんがたっていました。何事かと思ったら、突然「PTAの役員をやっていただけませんか?」とのお言葉。

その時の私の頭の中は・・・・私はもう子ども会の区の役員もやっていて、まだその任期は3年もある。それに、学区の子ども会を改善したいという気持ちもあるので、まだまだやるべきことが一杯あるのだ。いやあ、それは同時には無理でしょう・・・・・

そう考え、それをまず口にも出したのですが、あれこれ話しているうちに、もう1人の私が、いつの間にか「わかりました。お受けします」と答えていました。(笑)

大変な事を引き受けてしまったなあ・・・とそれから悩んだ私。いつもそうなんです。返答するときは、「こうすべきだ」という内なる声のようなものに従ってそうするくせに、答えた後、ず~んと悩む。そうそう、主人にプロポーズされた時もそうだった!「つきあって下さい」も何もなく、いきなり「一生ついてきて欲しい」とおっしゃった彼。一応、今結婚できる心境でも、状況でもないと説明してみたものの、はいと言わなくてはならないと、そういう気持ちになったため、その場で「はい」といってしまった。それから数ヶ月、うだうだうだうだ悩み続けたもんなあ・・・。ということは、14年前からあまり進歩してない訳?私。とそんな事をぐるぐる考えていました。

さらに、たまたま電話をくれた義姉に話したら、「役員は下の子でやるべきなんだって。そうしないと、あの人はやれると決められてこれからどんどん役がくるんだよ。最初の子でやるなんて!」と言われ、最後には「ご愁傷様」とのお言葉を頂いてど~んと落ち込みました。下には3人の子どもがあり、一番下はまだ小学2年生。私ってただのばかかもしれない~と、人のお役に立ちたいと願ったはずの高貴な私は陰をひそめ、ずど~んと落ち込んでしまいました。

実際始まってみると、私は人見知で、初めて人と話すのが苦手だったんだ!と気付く。さらに右耳が聞こえないので、座る席は相手の右手でないと会話ができない。それをいちいちお伝えする事が面倒だし、何度も同じ事を同じ相手にいうのも気がひける。半分きこえていなくても適当に相手にあわしてしまい、会話がかみあわなくなってそういう自分に疲れてしまうことなど、マイナスがいっぱいでてきました。

楽しいより何か苦痛になり、私って何でこんななんだろう・・・。理想ばっかり言うけれど、結局できないじゃん、な~んて思っていたそんな時に、こともあろうに、秋に開催される青年会の教区大会の副運営委員長をやってくれとの依頼がきたのです。

教区大会の当日その日は、私は子ども会の運動会。運動会は子ども会のメインイベントで数ヶ月前から資金集めや競技の段取りなどとても忙しい。無理だ、と思いました。

でも、又もや「うけるべきだ」と私の中の私が言います。「当日いけないんです」と言うと「それでもいいからやって下さい」と言って下さるではないか。もう断れない。「では受けさせていただきます」と言ってしまいました。

でも、その時点で教区大会の5ヶ月前。まだまだ時間はあるものの、外会場だとおっしゃるので、会場探しからのスタートでした。300名入るメイン会場+親子室+生命学園の部屋のある会場リサーチ、下見、見積もり、チラシ作成、運営委員の体制の決定、依頼、会議、会場との打ち合わせ、推進、等々、どうやってやったのかよく覚えていないけれど、でも、これらのことをすすめていくうちに、不思議と嬉しくて嬉しくて仕方がなくなっていくのがわかりました。

そんな私をみながら、もう1人の私が「私って生長の家の光明化運動が大好きなんだな~」と今更ながら感じるようになりました。

それに、実際忙しいから、大変だから、つらいのでなく、それに取り組む自分の気持ちひとつだということも実感しました。(知っていたはずなのですが・・・すぐ忘れてしまう)なにせ、この役がきて、さらに大変になったはずなのに、私の心は生き返ったようになってしまったのだから。

10月に教区大会が終わっても、来年の会場と日程を決めるまでお役は終わらないので、未だお役ご免にはなっていないし、教区大会終了後には、平和環境推進部という新設部の副部長も拝命して、役は増える一方です。

ばかになるより、大馬鹿者になれと、谷口雅春先生がおっしゃったお言葉をこのごろよく思い出します。私は本当の意味で賢い女というのになりたくて、一所懸命考えて完璧にやりたいと努力してきたけれど、その私だと考えてできないことは出来ないみたいです。どう考えてもできないと思ったけれど、やってみたら出来ない事はないんですね。考えてできなくても、「拝」と受け、真心を尽くすと決めて行動したら、損得のわからない馬鹿なヤツでもいいんだよね~と、ちょっと思えてきました。

思い浮かぶことをかこう、と書き始めたら収集がつかなくなってしまいました。損得勘定一杯の私と、理想を生きたいと願う私、の間をいったりきたりしていますが、自分の中の神様の声に従っていきようという意欲に溢れる私が、私は一番大好きです。

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コメント

ゆきさん 無我の境地だなんて・・・お恥ずかしいです。ぐらぐらゆらゆらゆれながらの毎日毎分です。今天使のような気持ちだったかと思うと、瞬間で餓鬼になっているような。あ、でもsohpyさんが書いてくださっているように、ますます幸福に、ますます豊かになっていくその中でのゆらゆらなのだから、幸せに違いなく、少しくらいの迷いなんか、ちっちゃくて贅沢なことですよね~。(^人^)

投稿: うっち~まま | 2007年2月 4日 (日) 20時26分

何も言えない
素晴しいです
「役職」に立つことはすなわち
人の「役に立つ」ことだから
ますます幸福に
ますます豊かに
なることまちがいなしです

投稿: sophy | 2007年2月 2日 (金) 08時17分

素晴らしいなあ。今日はリセットの日。無我の境地ね。美しいわ。

投稿: ゆきえ | 2007年2月 2日 (金) 02時07分

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