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何とかしなくては、と思うのはやめよう。・・・・そう決めたのに、何となく苦しい

自分が何とかできる立場にいないということは

決まったことに素直に従いなさいということなんですよね

悪くしようと思っている人はひとりもいない、みんな、みんな、よくしようとやっているんだよ

そうあなたはいいました。

わかっているけど、だからって黙っていられない、って思ってた

わかっているけど、何とか出来る貴方は何で何もしないの?って思ってた

そんな風に思う私が間違ってるってことはわかっている

何もしないんじゃなくて、自分のすべきことをしたらいいってわかっている

きっとよくなる、って信じて、待てる貴方はすごい

自分では一所懸命のつもりだったけれど、

実はちっとも素直じゃなかったんだなあと思う

素直に「拝」したいと、そればかり思ってきたつもりなのに

全然してないじゃありませんか、と気付いてボーゼンとしてしまいました

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信仰」カテゴリの記事

コメント

脱藩浪人様

>「しょうがないのは“笑”がないことである」と。

本当です!!・・・・その通りですね。

>2年前、彼は先祖供養の真っ最中に娘さんを交通事故で亡くし、その連絡が入ったにもかかわらず、先祖供養を途中で退席することなく、普段通りに参加者とともに笑いの練習をしたそうです。

突然の思いがけない出来事に対して、そんなふうに行動できるなんて・・・・なかなか、できることではないですね。自分に置き換えたらと思うと・・・・言葉になりません。


>そんなすばらしい人々の生き様を雑誌で紹介することで多くの人々に生長の家の教えを伝えていくのが私の使命だと思っていますし、組織活動をやらずともやり甲斐を感じています。

素晴らしいことだと思います。
いけなくなんてない・・・・と思いますよ。

投稿: うっち~まま | 2007年11月 7日 (水) 08時53分

活動をやっていた頃と違って、時間だけはあるのでHPもリニューアルしてみました(笑)。

私はもう、真っ直ぐな姿勢ではないし(←組織活動に対して、ですよ)、講話だって一生やることはないでしょう。あ、専門学校の授業は毎週やっていますが(笑)。

青年会員の継続も丁重にお断りしましたし、私にとって唯一の生長の家との接点は日本教文社の仕事くらいでしょうか。
ほぼ毎月、東海三県を中心にさまざまな土地ですばらしい人々にお会いできます。

先日、お会いした方でさまざまな人生苦を「笑い」で乗り越えた方がいました。彼は岐阜教区の生高連の初代連盟執行委員長で、連盟旗を谷口雅春先生から直接手渡されたそうです。彼は私にこう言いました。
「しょうがないのは“笑”がないことである」と。
2年前、彼は先祖供養の真っ最中に娘さんを交通事故で亡くし、その連絡が入ったにもかかわらず、先祖供養を途中で退席することなく、普段通りに参加者とともに笑いの練習をしたそうです。

そんなすばらしい人々の生き様を雑誌で紹介することで多くの人々に生長の家の教えを伝えていくのが私の使命だと思っていますし、組織活動をやらずともやり甲斐を感じています。

それではいけないでしょうか?

長々とすみません。

投稿: 脱藩浪人 | 2007年11月 7日 (水) 00時35分

脱藩浪人様

3度目、何度も失礼いたします。

すっすごい!いつの間にか、HP(ブログ??)がおしゃれに音楽入りで、パワーアップされているのですね。

・・・・・おいしそうです。
ゆっくりお邪魔させていただきます。

ハンドルネームをクリックすると、入れると、最近知ったうっち~でした。

投稿: うっち~まま | 2007年11月 6日 (火) 22時25分

脱藩浪人様

コメントが反映してなくて、ごめんなさい。いま一度書き込みさせていただきます。

あまりにお恥ずかしい間違いで、お詫びだけで終わってしまっていましたが、

ホント、ごめんなさい!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

改めまして、
ようこそお越しくださいました。
ありがとうございます。

脱藩浪人さんは、昔から、姿勢が真っ直ぐで、講話はピカ一でしたね~私にはない、貴方の優れた所をとっても尊敬していました。が、それを私は、あまり(殆ど?)貴方に表現していなかった~、

表現しないとそれは全く伝わらないんだと反省したので、今、私は表現の練習をさせて頂いています。

お仕事を通して、あちらこちらで活躍されているご様子を嬉しく思っています。

もうあやまるのはやめて、祝福させていただきますね。


投稿: うっち~まま | 2007年11月 6日 (火) 21時08分

脱藩浪人さん

ええ~!!!???
しっ、失礼しました~。

「相愛会」とあったので、もう該当されるのは先輩しかないと・・・・

なんて早とちりのおっちょこちょいだろう・・・・。
確認すべきでした。お恥ずかしいです。
ごめんなさい~~!!!

投稿: うっち~まま | 2007年11月 5日 (月) 21時52分

私は貴女の後輩ですが(爆)。

投稿: 脱藩浪人 | 2007年11月 5日 (月) 20時40分

脱藩浪人 様

合掌ありがとうございます。
ありがとうございます。ようこそお越しくださいました。

そして、温かいお言葉ありがとうございます。

私は貴方に温かい言葉をかけたことがあっただろうかと思うと、お会いしたときも、それ以前も、要求する気持ちばかりだったと反省しています。

ぶつかってもよいから、その時々に、もっと自分の意見を伝える努力をするべきだったとも・・・・・

現象的にみたら神様からほど遠い自分がみえることばかりでしたが、この失敗から、本当に多くのことを学ばせていただきました。そして今もそれが生きています。

>今年の改選で何事も起こらなかったことを風の噂で聞いて、3年前の出来事も今の青年会にとっては少しは役に立ったのかとも思っています。

はい。だれがたたれようと、私はただ自分にできることをしていこうと決めて、のぞみました。

昨日、平和環境セミナーの帰りに本部を訪問させていただき、M先生にもお会いできました。時々、訪問されているときき、お元気なのだな~と嬉しく思いました。

セミナー中や、機関誌青年会12月号でも、生命の実相を拝読しましょうという、お話しがされていましたが、生命の実相と聞くと、私は先輩のお陰で、生命の実相40巻を拝読でき、真剣に御教えを学ぶ心を育てて頂いたのだと、改めて感謝しています。そして、もっともっと拝読させていただこうと思います。


もっと私が生長したら、又いつか、今度は楽しく会食させていただく機会がもてるといいな~と思っています。

大きな愛念をそそいでくださり、ありがとうございます。
私も先輩のご活躍とお幸せを心から心からお祈りしています。

投稿: うっち~まま | 2007年11月 5日 (月) 12時30分

青年会本部のHPを見ていて偶然にこのブログを見つけました。

あれから3年と少し経つのですが、もうずいぶんと前の出来事のように感じます。

私が活動から離れていったのは貴女のせいではありませんのでどうか気になさらないでください。

今年の改選で何事も起こらなかったことを風の噂で聞いて、3年前の出来事も今の青年会にとっては少しは役に立ったのかとも思っています。

貴女は青年会の中でも年長者であります。どうか純粋な信仰心に基づいて行動する青年を教区から多く輩出してくださることを切に願います。
私は生高連や青年会の活動を通じて学んだことを実生活で実践し、世の中の多くの人々に影響を与える人となることをめざします。

私の中では青年会を卒業したと思っています。たぶん、相愛会に入学することはないと思いますが(爆)。

頑張ってください。陰ながら青年会の発展を祈らせていただきます。

投稿: 脱藩浪人 | 2007年11月 4日 (日) 17時50分

takeuchi様

>ヤングとして活動するときも(それがいいのかどうかわかりませんが)わけて考えたことがない。私の中では一つだったので。

それは、とっても素晴らしいことだと思います!私は長いことかけてそう感じられるようになった人です。

信仰と活動が心の中でも生活内でもバラバラだった頃に、ひとつだと感じて、ひとつだと思って自然に動かれる方がいらっしゃって、その方をみて、「ああ~そうか~!ひとつなんだな~」って感動して真似する所から始まりました。
takeuchiさんみたいな方がいらっしゃって、感化されていく人がいるんだな~。ありがとうございます。


投稿: うっち~まま | 2007年9月 7日 (金) 10時12分

うっち~まま様
ありがとうございます。私自身は、生高連から活動させていただく機会にめぐまれたのですが、実際には活動と信仰ってわけて考えたことがあまりないんです。ヤングとして活動するときも(それがいいのかどうかわかりませんが)わけて考えたことがない。私の中では一つだったので。私もどちらかというといつも活動が先で、必要に迫られて信仰がついてきているような感じなのかもしれません。ただ心の中核に真理にふれられたよろこび、信仰のよろこびがないと活動はできないとは思いますから、幹部の中がまずよろこんでよろこんで進んでいけたらいいのかな?と思います。ヤングでは同世代や私より年上の方が多いですが、これから世代交代の波がくる感じなので、これから年下の方たちともじっくり、信仰のよろこびをみんなで味わいながら進めたらいいなあと思います。自分の勉強ですね。ありがとうございます。

投稿: takeuchi | 2007年9月 6日 (木) 23時52分

takeuchiさま
そうですよね~。

>最近はやっぱり活動が(特に幹部の)信仰を追い抜いてはいけないということを感じます。

今は本当にそれが理想だと思っているし、少し前はそう堅く信じていたので、やりきれなかったのです。
けれど、自分自身を顧みる機会がありまして、私、若い頃はいつも信仰より活動ばかりというか、そもそも信仰から入ったのでなく、ジュニア友の会の仲間があまりに輝いていて、もしかして自分もそうなれるかも、と思って活動を始めたため、信仰はいつも最後尾で、活動・遊び・活動・遊び・だったわ~!と思いだしたんです。そんな私に、根気よく、会うたびに真理を語り、理想を語り、時には厳しく叱咤してくださり、(というかいい加減だったので、いつも怒られてばかりだったんですけれど)してくださった青年会の大先輩や、諸先輩方がいらっしゃったから、私は一度も第一線を退かずにやってこられたのですよね~。そこから鑑みるに、若い子達に色々思ってしまうのは、自分を棚にあげた行為で、さらに、年長者としての自分の役割を私が果たしていないんだ~!ということを最近ひしひしと感じました。
理想とは逆の状態だった私でも、ひとつ、教化部と生長の家が大好きだった、それだけでここまで幸せにして頂いたのだから、私はもっと信じて待たなくては、と思うのです。でも、できなくて涙がでちゃったりするんですけれどね。(;^_^A

投稿: うっち~まま | 2007年9月 6日 (木) 19時39分

うっち~ままさんもあと1年でご卒業なんですね。私はあと4年。それでもカウントダウンって気持ちです。私も先輩から受け継いできた思いをだれかに継いでもらえればいいけど・・・
>お役を生きて欲しいとか、皆にこうして欲しいとか、そのような願いが消えません。
そうそう、そうなんです。お役に対する受け止め方って、難しいんでしょうか・・・これって一種のジェネレーションギャップのようなもの?
私は地域のクラブチームでママさんバレーをしていて、結構マジにやってた(今は体調を崩して休部中)んですが、そんな層の少ない小さなサークルでも、責任はみんな横並びってわけにはいかなくて、だれかが全体に対して全責任を持たなきゃうまくいかない。私はこの活動はいわゆるサークルじゃないと思うし、層も微妙に厚くなると、うっち~ままさんがおっしゃっていたように、上のものは報恩感謝の熱い気持ちと自分に厳しくなかったらその責任をかかえていけない。決して無茶をするわけじゃないんだけど。最近はやっぱり活動が(特に幹部の)信仰を追い抜いてはいけないということを感じます。

投稿: takeuchi | 2007年8月31日 (金) 22時38分

takeuchiさん
環境セミナーのお返事ありがとうございます。
やはり、地域でもご活躍のご様子、素晴らしいですね。私は、今年が最後なので、力が入っているかもしれません。子ども会の区の理事をやっていますが、3年目になり、ちょっと自分で行事の予定に物が言えるようになりました。なので、青年練成も、環境セミナーも調整して参加できるようになりました。中学のPTAは来年度母親代表ですし、来年の9月には卒業してしまうので、青年会としても最後のチャンスなんです。takeuchiさんやきょんさんの分まで学んできますね! あ、選ばれれば・・・ですが。

きょんさんのおっしゃっていた
>厳しき意見をした後は、必ず祈っているように思います。
そうですね、そうですね。よく祈るようになりました。祝福する人が増えました。これは素敵なことですね。

takeuchiさんの
>でもどう考えても頼りなかったり、ご主人に非があるようなご家庭もヤングさんにもままあります。そういうとき、私はその方たちの、従わなくてはならない方に従えない(従えないというよりも待てないということが多い)という苦しみを活動を通じて理解できたり、私自身がそこを越えないといけないというか、正しさにまさるものが(特に女性には)あることを教えていただいているのだと思います。今は本当に相手の問題というより、私を導く観世音菩薩であったと思えています。でも実際にはこれからです。

これも、深くうなずきました。主人は本当に申し分ない。でも、家庭内でご主人に対して、私達が経験しているような気持ちを味わっていらっしゃる方も沢山あって、彼女達は逃げる訳にはいかないのであって、そういう方の気持ちを少しは理解して差し上げることができますよね。今頃になって、こんなことをしている自分が情けないと思っていたけれど、実は大事な体験をしているのですよね。
私も実際には、拝んでいるけれど・・・・う~んという状態です。形では一所懸命感謝を表現して、毎日祝福しています。祈るようになってから、私にはとても良くしてくださるのですが、私の中には、私にでなく、お役を生きて欲しいとか、皆にこうして欲しいとか、そのような願いが消えません。でも、拝みきれるまで、続けることですよね。

投稿: うっち~まま | 2007年8月31日 (金) 21時03分

11月3日、4日の平和環境セミナーに関してのお返事をするのを忘れておりました。
その日は子供の習い事の予定がはいっているんです。残念。中国人の若い女性の先生に水墨画を習っているのですが、先生をおよびして、公民館を借りて保護者で会を運営しています。保護者は半分が台湾の方。保護者の中でも会への意識、協力度はまちまちで、お国柄もあったりして、結局まとめ役になる私。この日も公民館の文化祭に出展することになり、これから保護者の中でお手伝いを募っていかなくてはなりません。

投稿: takeuchi | 2007年8月31日 (金) 12時07分

うっち~ままさん、takeuchiのコメントを読みながら悩んでいる事、考えている事、失敗談、どこまで似ているのだろう・・・と共感しています。私もあの手この手で答えを探してます。人に応じ時に応じていつも対処法は違いますよね。私も真理に照らし合わせて絶対に意見を曲げない所があり、この方にとってはきっときついコトバだったよね・・ということも多々あります。厳しき意見をした後は、必ず祈っているように思います。1ヶ月近く祈って和解出来た事も何度かあります。私も愛するがゆえに気付けば執着しているなぁと思っていることがよくあります。執着するとどちらもきついのですよね。ここ最近は放つ愛を心掛けてます。神の子だから大丈夫って・・・祈ってる事が多いかなぁ・・・自分がバリバリ動くほうが好きな方なので、これも私にとっては必要な事だと言い聞かせながら・・・これも正解かはわかりませんけど。悩みながら進んでいるのでしょうね。

投稿: きょん | 2007年8月29日 (水) 10時28分

場所は離れていながら、なんと同じ体験をしてきたのでしょう。私もすでに大失敗だったのです。それで、事務局長も不在、副委員長も私一人だった中、昨年夏、自分から辞任しました。そしてまた似たような失敗をしかけている。副委員長時代の失敗を教訓にはしているものの、自分がどうするべきなのか模索ばかり。
信仰とはつくづく常識だけでははかれないというか。そしてこの運動は、人生は絶対に真理・法則からはずれたらうまくいかないということを教えてくれる。
私は幸い、尊敬できて、私をリードしてくれて、私がおかしいときは断固としておかしいということを教えてくれる主人と結婚させていただいたので、結婚生活は非常に円満です。両親も安心してくれています。でもどう考えても頼りなかったり、ご主人に非があるようなご家庭もヤングさんにもままあります。そういうとき、私はその方たちの、従わなくてはならない方に従えない(従えないというよりも待てないということが多い)という苦しみを活動を通じて理解できたり、私自身がそこを越えないといけないというか、正しさにまさるものが(特に女性には)あることを教えていただいているのだと思います。今は本当に相手の問題というより、私を導く観世音菩薩であったと思えています。でも実際にはこれからです。
うっち~ままさんの、誰でも愛の中で成長する、互いにかけがえのない学びの中にいるとのお言葉が胸に響きました。
でも私も、やっぱりこうして動かないで、上の方の一歩を待っていることは無責任なのか、逃げているのか、人を傷つけるかもしれないとの恐怖で自分が傷つきたくないからなのか・・と揺れたりします。でも感謝しかない。感謝がすべてを解決する。。。。
現象の青年会はいくら砕けようと、必ず新芽はでてくる。生命は伸びずにはいられない。実相は砕けない。・・・はずだ。
私たちは、本当に青年会を愛しているのですね。子供のことよりも心配なんだから(笑)子供は何があってもどんな姿でも大丈夫とどこかで思えるのに(笑)

投稿: takeuchi | 2007年8月28日 (火) 17時19分

私は一度大失敗をしています。
改選の時、

>このまま見過ごすことが愛なのか

takeuzhiさんがおっしゃる所と、意味が一緒かどうかはわかりませんが、私もそう思って言いました。「言わなくてはならない」そう思って、言いました。結果は、思ってもみなかった方向へ事が進み、傷つき、傷つけ、大事な仲間は活動にでてこられなくなり、以前よりもっと混乱した中で活動をすることとなりました。
自分が全て悪い、そうとしか感じられなくて、誰かが言う必要があったと慰めて頂いても、根本的に私の思いが間違っていたのだという思いと、何故?どうして?と相手を責めたい思いとの中で苦しみました。

正しいこと、から見ると多分私は正しかったのだと思います。
でも、神様からみると、「愛」がなかったな~、と。
大勢の青年会のみなさんは愛していたけれど、渦中の「その人達」は愛してはいなかった。
「待つ」ことも選択肢になかったのです。

>>秩序を失わないために役職を私はすごく重んじて自分を律しているけど、それでも下には大勢の方がいてくださるので、みんなを迷わせたくないという思いで板ばさみです。みんな少しでも神様のお役にたちたいと集まってくださっていたり、真理を学びたいと思ってくださっていたり。そのお気持ちを大事にしたい。。。って思うのが自分の我なのかしらね。

下にいる大勢の方たち、その人達のことを考えると、上に立つ者はそれぞれが自分に厳しくあるべきだし、つきつめあうことも必要だと、思っています。特に私より役職が上で、同世代の人達に対してはものすごく厳しく「こうあるべき!」と思っていました。でも、それが相手を縛り、結果的に私のその思いが組織の運動を停滞させていたので、ようやく私は、どんな上の人でも、誰でも、愛の中で生長するのだと身にしみています。
貴方が青年会を滅茶苦茶にした!と相手を責める思いから、青年会はなるべくして今の状態になり、互いにかけがえのない学びの中にいるのだということが、腹に入るようになってきました。私が本当に拝むことがすべてだと思うのですけれど、現象をみると、もしかして私は傷つきたくなくて蓋をしているのだろうかと思ったり、心揺れるやわな人です。

良いところだけを見て、讃え喜ぶこと。素直に喜ぶこと。

どんな時でもこれだけを無心に行じていきたいです。

takeuchiさんは私のような失敗はされないと思うけれど、私の一番の失敗&課題ですので、何かの参考になればと思いました。あ~又長いです。(;^_^A


投稿: うっち~まま | 2007年8月28日 (火) 16時12分

うっちーままさんときょんさんとは本当にいくらでも話がつきない。そういう、わかりあえて、なおかつ共に向上できる方々がいるということは、神様からがこの課題をクリアできるようにと導いてくださっているのだなあと思います。私も頭ではわかっているんだけど、やっぱり、なんとかしたい、このままじゃいけないという気持ちが捨てきれないでいるんでしょう。愛と執着、優しさと厳しさの間でとまどっています。私の一言は厳しくきこえるだろうなって思いつつ・・・(一言のつもりが演説になることも・・・)でもこのまま見過ごすことが愛なのかと思って。秩序を失わないために役職を私はすごく重んじて自分を律しているけど、それでも下には大勢の方がいてくださるので、みんなを迷わせたくないという思いで板ばさみです。みんな少しでも神様のお役にたちたいと集まってくださっていたり、真理を学びたいと思ってくださっていたり。そのお気持ちを大事にしたい。。。って思うのが自分の我なのかしらね。正しいということと、その場にふさわしいということはちがう。感謝と調和第一といいきかせています。

投稿: takeuchi | 2007年8月28日 (火) 08時41分

きょんさん、ありがとうございます。
悩み似てます?嬉しいな~、そんな事でよろこでいいのかな~、でも嬉しいな~。
きょんさんとも、武○さんとも、同じ目線で話しができます。こんなにも暑くなれる、いや、熱くなれる大切なことがあるって、もう最高に幸せなんですね。

揺れる中に気持ちがあると全然書けなくて、少~し冷静に自分の思いをみることができるようになって、書いてみたりしています。すると、起きたことはすべて良いことだと改めて認識できたりしますね。


>多様性の素晴らしさ
そうですね。どんな方も素晴らしい。悪はないのに、つかむから悪のように見えるだけ。色々あっていい、これが感情として自分のお腹の底から湧いてくると最高だな~!

私は、下の子がもう3年生になり、主人も以前ほど忙しくなくなったので、青年会の中でもある程度動けるようになって、関われるので、体は大変だけど気持ちの部分では救われています。

昨日、教区青年会の会議だったのですが、今年の夏の練成で、ジュニア友の会が久しぶりに発足し、中学2年の長男はじめ、6名の中学生が教区大会の参加促進をしてくれています。それを支えてくださる若い青年達が、「打ち上げ花火のように、盛り上がって終わるのでなく、地元に結びつけて地に足をつけた運動にしていきたいです」と言ってくれているのを聞いて、涙がでそうになりました。心配したり、どうにかしなくては、などと思わなくてもよい。ただ、ただ、神の栄光あらわれんがため、と認めて、讃えて、喜んでいく、そんな活動を展開していきたいです。会議では厳しさが欲しいな~なんても思いますけど。まだ、ここのバランスに迷います。シビアな指摘がきついお小言にきこえないように努力です。やさ~しくやさしく。

以前ブログにかきましたが、私は先日の夏の練成で、小学生練成の運営委員長を引き受けたんですね。最初は押しつけられたようで納得できなかったのですが、気持ちを切り替えて、事務局をできる人を育てよう、次にやってくれる人を育てようと決め、貴方に伝えたいのよと、表現しながら大学生の子に事務局になってもらって取り組みました。彼には重かった部分もあったり大変だったことと思いますが、精一杯誠実に受け止めようとする姿をみて、正しいことやデキルことより、愛あること、真摯であること、深切であることを神様は喜ばれるのだな~と感じました。若い子はみな、とても素直でストレートで、何て美しいのだろうかとまぶしかったです。
練成の運営には結婚までどっぷりとつかっていましたが、あの頃とは比べモノにならないような、やり甲斐と、神様の愛を感じながら、かかわってくれる方お一人お一人をとても愛おしくかんじながら過ごすことができました。
悩んで悩んで泣いて泣いて、の多い私ですが、それを昇華していく過程が尊いのだよね、と自分に言っています。すみません。書き始めるとつい、長々と・・・・。

投稿: うっち~まま | 2007年8月27日 (月) 14時53分

お久しぶりです。なんだか最近自分のブログも皆さんのブログもご無沙汰でした。久しぶりに読ませていただきながら・・・つくづく悩みが似てるな!って思いました。熱くなりすぎてしまうお気持ち・・・よーくわかります。私も何年同じ気持ちで悩んだ事かわかりませんでした。今は少しその気持ちから脱出してます。雅宣先生の『日々の祈り』を読んでいたときに実感したのですが、どんな方もお一人お一人がそのままで素晴らしいんだなぁって・・・色んな人がいることがすばらしいんだなぁって・・・多様性の素晴らしさを心から実感した時に、とっても楽な気持ちになりました。この悩みが持てることは、一生懸命だからこそ!って私は思います。そして、いつも一生懸命な熱いうっち~ままさん大好きです。それから、私の大好きな武○さんのコメントにも嬉しさが増しました。やっぱりブログいいですね。

投稿: きょん | 2007年8月27日 (月) 13時09分

やっぱり!武○さんなんですね。嬉しいです。
こんな思いを抱いているのは私一人なんではなかろうかと思ってしまったりする時、武○さんのようなヤングミセスの仲間に会えると、本当にパワーが湧いてくるのでした。嬉し~~です!

そうか~、青年練成、今年も重なっているんですね。残念です。では、では、環境セミナーはどうですか?11月3日4日にあるそうですよ。機関誌青年会9月号にありましたよ。

宇治に行かれるんですか、いいですね~。私も十数年ぶりに7月最初に行ってきたんですよ。解放されました。神の子でよかった~って、観じました。自分が変われば世界が変わる。の縦幕をみたとき、最初は悲しくってね~(恥)自分がかわらないから、世界が変わらないんだって言われているみたいで・・・。でも、そういう気持ちを宇治に置いてこられました。

ヤングミセスのいられるのもあと1年です。(私は9月生まれなのです)この期限付きの貴重な時間を精一杯やっていきたいと思っています。

投稿: うっち~まま | 2007年8月23日 (木) 10時23分

うれしい!覚えていてくださったなんて光栄です。うっち~ままさんのご活躍、機関誌や普及誌でいつも頼もしく拝見しておりました。力をいただいております。ありがとうございます!!全国青年練成会の夜は楽しかったですよね~。熱い仲間にあえてうれしかった。去年も今年も子供の運動会とかちあってて、行けそうにないけど・・・。私も最近ブログを開設いたしました。また交流できればうれしいです。今週末は宇治の”女性のための練成会”に参加してまいります。練成会をまともに受けるのは何年ぶりかしらと心が踊っています。

投稿: takeuchi | 2007年8月23日 (木) 08時41分

きゃ~!こんな所で発見して頂けるなんて・・・・、もしかして、もしかして、あの、総本山の青年練成の夜、ヤングの座談会(正式ではなかったかな?)で青少年練成会の状況をお伺いした武○さんではありませんか??そんな気がしてなりません。
私もひっかかって長いんです。6年かなあ。現象なし!と腹をきめてあがっていったり下がったり、必死に祈っている・祈らないと活動にでていけない感じでもあったり。今は、ひっかかるその人や状況よりも、若い世代を育ようと願って取り組んでいますが、それはそれで、自分の力不足・愛不足に又ドツボにはまったりしています。淡々と自分のすべきことをする。この淡々、ができないんですよね。熱くなりすぎて。

投稿: うっち~まま | 2007年8月22日 (水) 23時08分

うっち~ままさん、こんにちは。ご無沙汰しております・・・ってわかるかしら???偶然うっち~ままさんや他の方のブログを見つけて拝見しておりました。が、コメントを書くのは初めてです。20日の投稿を拝見して、うるうる・・・。うっち~ままさんの状況はわかりませんが、私も「立場にない」自分との葛藤、ドツボにはまって早数年。表面上は穏やかにすごしているつもりでも、湧き上がるいらだち。それを押さえるすべは”あきらめ”しか持ち合わせていない自分の幼さ。でも結局はあきらめることなんかできないとわかっている。ほんと、タチがわるい。
難聴をもたれていることも全く知りませんでした。同じ環境にいても、ひっかかるところは違う。今、私がひっかかっていることは私の魂の向上に必要なことなんですね。ここから学ぶことがあるはずなんですね・・・。

投稿: takeuchi | 2007年8月22日 (水) 11時51分

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