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今年のテーマ

知っていたけれど、改めてが~んとしたお話しです・

今はお亡くなりになりましたが、

徳久先生がまだ岡山医大におられたじぶん

医大の研究室に勉強しておられて、自分の家から、岡山医大の研究室へいくのに自転車にのってでかけていくのですが、自転車にのるのは、これは手段だと思っていられた。

「今」を生きているんじゃあない。

研究室に行くために自転車にのっているんだ。自転車に乗っているのは研究室にいく手段。でも、研究室にいったら、研究するのが目的でなくて、これは、博士になるのが目的である。そうして、博士になったらどうするかというと、医者がよくはやって、金がもうかる。金をもうける手段に博士になるのである。金をもうけたら一体何をするのであるかというと、お妾でもこしらえるのである、という訳である。

(・・・・お妾さんは冗談でしょうけれど(^^;))

勉強するのも、博士になるのも、金を儲けるのも、皆、手段である。手段、手段、手段、という生活には、「今」がない。

「今」がすなわち生活で、「今」の中に永遠のいのちが生きている



徳久先生は、そう、気付かれてから、自転車にのって研究室へいくときも、前と世界が変わってしまったそうです。

前にはどんなに美しい景色が展開していても、ただ、しゃにむに自転車をこいでいるだけであって、そりゃあ手段であって、学校へいくためであった。「今」そこに展開している極楽浄土の状態を味わう心がなかった。

ところが、心が一転すると、「今」ここに、展開している極楽浄土が味わえるようになった。


美しい山々の曲線、白い雲のたゆとうている風景、美しい樹木の葉、みどりの葉が揺れている。それがみんな美しく、自分の為に展開してきて、世界というものはこんなに美しいものである。ということが本当にわかったのです。心の目が開いたら、実際何処でも、そこに極楽浄土が「今」あるということがわかる。

そんなお話しを読みながら、

まさに私は、次ぎのための今、になっていたなあ・・・と。

谷口雅宣先生が、

時には感覚を優先させると良いですよ、とおっしゃっているのは、

そこに今あるものが、自分にとって意味があるかないか、必要か不必要か、のような、何もかもが手段になってしまうような生き方をせずに、もっと、そこにある美しさや不思議さや、面白さを見る心を育てなさいということなのですものね。

「今」与えられているものを、楽しみ、味わうことが大切ですよ。と

そうすることが、目にみえるもの、耳に聞こえること、などの奥にある、目には見えない、けれど、本当にあるものを、観る力となる。

そのような反省と、ユーモアが足らん!と言ってくれた息子のアドバイスをうけて、今年は、笑いのセンスを磨くのだ、と自分のテーマを決めました。そして、一番身近にいてくれる家族を大切にを、意識していこうと思います。

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コメント

>でも、そうやって反省できるアナタもまた素晴らしいと思いますよ

温かいお言葉をありがとうございます。
うじうじ悩むことが多い人なので、

>〜「わかった!と思って底がぬけたら、又底があって、わからなくなっていて」。。。

というお話しに、とっても救われております。

それにしても、シコク嫁様のお言葉には、不思議な力がありますねえ。うまくいえませんが、
本当にいつもありがとうございます。

投稿: うっち~まま | 2009年1月27日 (火) 22時24分

わ〜〜〜うっち〜さん、そうなんですか?でも、そうやって反省できるアナタもまた素晴らしいと思いますよ。それから、吉田先生のお話、これも私のことのようでドッキリしました。
そうか〜「わかった!と思って底がぬけたら、又底があって、わからなくなっていて」。。。これで良いんですねぇ、なんだか安心します。

雅宣先生はすごいと思います。これからの展開が楽しみですね〜なんだかウキウキしてきます。
いつもステキなお話をありがとう。

投稿: シコク嫁 | 2009年1月23日 (金) 09時07分

シコク嫁様

>茶目っ気(ユーモア)たっぷりで可愛い方だなぁ〜と実感していますが??

ありがとうございますぅぅcatface

他の方にはそれなりに?いいようです!?


でも、家族には、かなり口うるさく、

特に子供には、とってもまじめに直球勝負な会話をしてしまうことが多いんです。(^^;)

お小言オンリーかあちゃんやなあ・・・・と毎度反省しております。


母なので、愛深い子供たちは慕ってくれますが、他人だったらいややろうなあ・・・いや、母だとしても、会話を楽しむことをしないで、「又、服と靴下!」「はい、鞄は二階」「ねえ、毎日同じことしか言ってないよ。」などといい続けていないだろうか、これはいやだろうなあ、せめて、普段は楽しい会話をするようにしたいなあと、やっとここ数年、思うようになった次第です。


子供を私がちゃんとさせないといけない、と力が入りすぎているのですよねえ。

神様からの預かりものですのに。

吉田国太郎先生が「わかった!と思って底がぬけたら、又底があって、わからなくなっていて、又これだ!と思って底が抜けたら、又わからなくなって・・・・とおっしゃりながら、机の下へ下へ潜ってしまわれた」というお話を聞いたとき、なぜかとても嬉しくて、私などとは全然レベルは違うのだと思いますが「ああそうか~!?それでいいんだ!」と安心しました。

めちゃくちゃ感動して、がらっと変わったかのようなのに、又同じようなことをやってしまっている自分も、さらに又その底をぶち抜いたらよいわけで。


小言ばあさんのような母から、着々とユーモアばあさん目指して移行していく過程を楽しみたいと思います。

それにしても、雅宣先生はすごいですねえ。
私にその時々、必要なことをタニムリーにご指導くださいます。(私だけではないのですけれど)

きゃ~、ながながと失礼いたしました~。

投稿: うっち~まま | 2009年1月21日 (水) 21時45分

>>次ぎのための今。。。これには私も「が〜〜〜ん」ときました。ありがとうございます。
私も最近、「意味ではなく感覚を優先しなさい」という谷口雅宣先生のお言葉をよく思い出します。反省だわ。

・・ユーモアが足らん!って、息子さんがおっしゃるのですか?・・私は、うっち〜さんのブログ拝見していて茶目っ気(ユーモア)たっぷりで可愛い方だなぁ〜と実感していますが??

投稿: シコク嫁 | 2009年1月21日 (水) 09時57分

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