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2009年3月

万歳~(^^)/

WBCの日本二連覇 ばんざ~い!日本も韓国も素晴らしかった~!\(^o^)/

長男くんの希望校合格ばんざ~い! \(^o^)/

長女・次男くんの無遅刻無欠席にばんざ~い!\(^o^)/

子ども達の平成20年度も無事終了いたしました。来年度にむけての準備、着々と進行中です。



来年度からは、うっち~、20年ぶり?に、仕事を始めます。

本格的に弁当作りも始まります。(中学では途中からスクールランチに助っ人してもらっていましたので・・・・(;^_^A )

いろいろなことが始まる春、わくわくいたしま~す。

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青年会教区大会

15日の日曜日は青年会の教区大会でした。

子ども達の遊びの部屋をお手伝いして、


帰ってくる時には、目標達成まで、あと1名だと聞いていましたが、今日青年会のBBSをみたら、

青年層200名(目標200名)達成!
全体数376名(目標350名)突破!

となっていました。よかったです。すばらしいなあ~!!



一所懸命やっていましたもの。最後のラストスパートはすばらしかったです。


前日の準備の時に、青年会の事務所で青年が200名になり、皆で拍手!していました。

急に参加できなくなったひと、参加できるようになった人、様々だったと思いますが、
報告数と実際の数が同じということは、活動していることをちゃんと報告できているということですものね。


私はね、なかなか執着がとれなくて、「ああ、もっとこうしたらいいのに」とか「もっと早くしないと」とか、そんな自分の取り越し苦労の思いに振り回されておりましたが、


彼らはちゃんと、着実に、進歩生長されています。

もう、賛嘆するだけでいいんだなぁ。
力になれるときには、させてもらったらいい
信じたらいい

さあ、私は私を顔晴りましょう!

春からは対策部長です。もしかしたら、仕事も始めるかもしれません。bleah

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投稿ブーム のつづき

1月31日に長男が、生長の家の月刊誌「理想世界誌ジュニア版」の読者コーナーに投稿しているお話を書きましたが、

先日4月号が届き、みてみると、またもや掲載されていました。

それもまた2つ。

・・・・・ということは、彼はいったい、月にいくつ投稿しているのでしょうか。(・・;)




けれど、その文章を読んで親ばか夫婦は感心しました。

(詳細はジュニア版4月号P40をごらん下さいませ)

「困っている人に愛の手を」~こんな時どうする?~というテーマで、

「内容は、小3の時に、道に迷って見知らぬおばさまに助けられたので、自分も迷子を見かけたら声をかけたい」

というようなことが簡潔に書いてありました。





実はこのお話は、ただの迷子ではないのでして・・・・

お友達のお宅から車で家に帰る途中、長男と長女がケンカをしたしまして、ついにキレてしまった母、うっち~。

「もう、あんたたち、ここから歩いて帰りなさい!あの角をまがってまっすぐ歩いたら、小学校の道にでられるからっ!!annoy」と、2人を車からおろしました。

で、先に車をだし、「あの角」をまがったところで、車を止めてまっていました。車をみつけて「おか~さ~ん!ごめんなさい」などと言いながら走り寄ってくる所を想像しながら・・・。

・・・・が、待てども待てども2人はきません。



・・・・・・私は長男をよくわかっていなかったんですねえ。

素直なだけではなく、大変頭のよくまわる彼は、

「なるべく近道をいこう!」とひらめき、さらに、自宅前に線路がとおっているので、目の前の線路の横をたどっていけば、家につくと、わかったそうな。


(全然違う路線なんですけどねcoldsweats01

しばらく歩いて、どうやら家に向かう線路ではないと気づいた長男くんは、これは人に聞くしかないと思ったけれど、自分で人に聞くのは大の苦手なので、小学1年生の妹に「あの人は親切そうだから、こうやって聞け!」と指示をとばし、道を聞いて歩いていたそうです。

そうやってさまようこと数時間。



その間に私は、といえば、真っ青になって交番に駆け込んでいました。

お巡りさんはすぐ手配してくださり、「お母さん、わしも子どもがおるで、怒れる気持ちはよくわかる。でも、今度からは尻をたたくくらいにしておいてやってね」と、馬鹿な母親に優しいお言葉でした。


主人にも電話して、とにかくあちこち走って回りながら、なんてことをしてしまったのだろうと、おろおろ半泣きでいたら

自宅に待機してくれていた主人のところに電話がはいり

とっても親切な畳やのおばさまが彼らを保護してくださっていました。





そんなこんなの、ごちゃごちゃした所や母の恥は見事にはしょって、テーマに沿った所だけを、ちゃんと文章にしていることを、主人と二人で「すごいねえ!文章上手だよね」と賛嘆しました。

それから、すごいことがもうひとつ!

昨日

私が欲しいなあと言った、あの、「鏡の中に」のご本が届いたではありませんかっ!?

す、すごい。

あんなずうずうしいお願いに、ちゃんと答えてくださるなんて・・・・・日本教文社さんって、なんてふとっぱらなんでしょう。

お礼のメールを出しましょう。日本教文社さん、ありがとうございま~す。(≧∇≦)/

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今だから笑えるお話2

救急車で運ばれたときの父のお話

心臓の専門の先生がとんできてくださって、(それも、このあたりでは有名な良い先生らしいです)すぐに詰まった血管にカテーテルをいれ、風船でふくらませ、ステントという、網状のホースをち~さくしたような管を入れてくださることになりました。

痛くて仕方のないままで40分ほど、救急車にのって、病院につき、

手術台の上にのせられた父

「すぐ処置しますからねっ」とお医者様がおっしゃた

本当に死ぬのではと思っていた父はこれだけは伝えたかったようで

「先生、延命処置はやめてください!」

と申し上げたそうです。。。

すかさず先生が

「いや、これは延命処置ではありませんっ!!」



私たちがあわてて飛んでいって、ICUに到着し、最初に父に会ったときに話してくれたのがこのお話でした。その姿が目に浮かび、母と2人でうっかり大爆笑してしまいました。

集中治療室ですのに・・・・。

そっか~手術も延命処置といえば延命処置なんだわ、と発見をしたうっち~でした。




今日の午後から弟夫婦が九州へ行ってくれまして

父は明日、名古屋へ帰ってきます。


皆様のおかげで、無事に帰ってこられますこと、心より感謝致します。

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今だから笑えるお話 1

父が救急車に乗せてもらったとき

それはそれは、胸が痛くてたまらなかったそう

心筋梗塞だったんだから、それはそれは痛かったことだろうと思う。

本人いわく「本当に死ぬかとおもった」と

そんな中で救急車に乗せてもらったとき父は、

ひたすら

「ありがとうございます。ありがとうございます」と

唱えていたそうです。




救急隊の方が

「何か言っていらっしゃいますね」といわれるので、

ついていってくださった職員の方が

「ありがとうございます。と言っているんです」

と答えたのですって。

すると、救急隊員さんが

「いえいえ、そんなにお礼を言って頂かなくても・・・・・」

とたいそう恐縮されたそうです。(^_^;)


救急隊員のみなさま、本当に、ありがとうございます。

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法燈継承祭

父のことで佐世保についた日に、

生長の家総本山では、谷口雅宣先生が、生長の家総裁に襲任されました。

新総裁襲任と立教八十年の春季記念日祝賀式

おめでとうございます!

以前主人が「祝賀式は誰でもでられるんだって。いきたいなあ~。でも会社の試験なんだよね」

といいますので、

「そっか~、それは残念。じゃあ、私がかわり九州にいってあげよう!」

などと言って、笑っておりましたが、

総本山ではなく、本当に私が九州にいくことになってしまいました。

主人が出発前に、そんな2人の会話を思いだしたもので、

そっか~九州といわず、総本山といっておくべきだったかも・・・・?などと思いました。


でも、まあ、名古屋からよりずっと、総本山の近くで参加?できたし、

すぐそこで、祝賀式が行われていると思うと、とっても心強い。お里にいるかのよう。

このすばらしい御教えが・光の運動が、継承されていくことのすばらしさ

何とも言えないうれしさ

雅春先生の「人類光明化のパテントは君たちに譲った」とのお言葉が、じわじわと感動とともに、響いてきました。

さあ、

頂いた使命を、

ありがたく感謝して、

精一杯生きて参りましょう~!

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よかったなあ♪

あまりにいろいろなことがあると

すっかり書けなくなるうっち~ですが、

とにかく、

ああ、よかったなあ・・・・ばかりでございます。

2月末日夜

洗い物をしていると携帯に電話がはいり、父が長崎のホテルで体調をくずしたとのこと

父は下戸なのに、少し飲んだらしいので「ちょっと飲み過ぎたのかな~」

なんて呑気なことを言っていたら、次の電話では、救急車に運ばれてしまった。

私は、とっさにお仏壇の前で聖経をあげました。

大丈夫と思いながらも、父母の顔を思い浮かべるだけで泣けるこのごろの私は駄目。

涙がでてしかたない。

そのうち次女がとなりにきて祈ってくれた。

こういう時は事情がのみこめなくても、子ども達は勘が良く

私に何も聴かないで、優しくしてくれる

(ということは、よく泣いているのですね。私・・恥)


それから母・兄と連絡をとっていると、

長男が「お母さん、おじいちゃんとこ、いかなくていいのか?」ときいてくる

「あのね、長崎なのよ、だから今はいけないの」というと

仏壇に座って、聖経をあげはじめた長男。

ありがたくて、涙がでました。

色々考え、兄と話したけれど、一日で帰ってこられるとは限らない。なら、私が一番身軽。うちの子ども達なら私がいなくても数日間はなんとかなる。そう思って、母を連れて私が長崎にいくことにしました。

主人はすでにその気配を察して、長崎までの最短便を探してくれていました。

すごい人です。



翌日の一番の便で父の入院している佐世保の病院へ

父は、心筋梗塞でした。

が、顔色もよく元気。

ああ~、よかった。

総本山にいて、どうにかなるなら、父も本望だろうと、聞いた瞬間は覚悟していたけれど、

又、父と話ができてよかった。

沢山の方にご迷惑をかけたけれど、

一人の時でなくてよかった。車を運転している時でなくて良かった。
寝てしまっているときでなくてよかった。

すべてが一番よいときにおこる。





連絡をくれたNくんありがとう。


病院までついていってくださり、夜中までついてくださった、Kさん、Nさん、

ありがとうございます。

すぐとんできて処置してくださった、M先生ありがとうございます。

運ばれた佐世保総合病院の看護士さん、時間外にもかかわらず、細やかな愛情ある対処をしていただき、ありがとうございます。

私と母を空港まで迎えにきてくださった、別のKさん、Nさん、ありがとうございます。

電話の向こうで、聖経をあげてくださっていた教区の皆様ありがとうございます。

神癒祈願を出してくださった方々、ありがとうございます。

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