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2009年10月

新人戦

24日は、娘のソフトボールの新人戦でした。

とはいっても、

結局、娘は出られず、皆で頑張ってくれたけれど、
2回戦で負けてしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


大会前の水曜日

朝練で、ティーパッティングのボールトスをしていて、

手を引きそびれ、

わがチーム4番のバットをもろに右手にあてた彼女



ものすごい音と、痛みに、

折れたと思ったらしい



痛みより、これで試合にでられなくなる、ととっさに思った娘は、みんなにごめんとあやまりながら、泣きじゃくったそうです。





先生から連絡を頂いて、

「娘と会ったらなんと言おうか」考えました、

とっさに

「神様・神様ありがとうございます。良きことになる、良いことになった、大丈夫大丈夫」と唱えながら学校へ走りました。

不安になるので、笑ってもみた!はっはっは!

そして、保健室から娘を連れて病院へ


運転しながら、後ろの席で声を殺して泣いている娘に

「ここが大事だよ、きっと大丈夫、最後まであきらめないでいこう。きっといいことになるから・・・・」

そういいながら、病院へいって診察をうけると

なんと、


折れてはいませんでした。

口では、大丈夫といいながら、まさか折れていないとは思っていなかった(変な表現ですね)ので、唖然とし、

・・・大喜びしました。

いや、娘より私が、ですね。

で、ほっとして学校へ戻り、監督のS先生と「よかったですね!よかったです!」とコトバを交わし帰宅。



このどたばたで、すっかり予定が頭から飛んでしまった私は、

小学校の個人懇談をすっぽかしてしまいました(;^_^A 





で、一件落着かと思いきや、


翌日朝、またもや学校から電話。

「お母さん、娘さんですが、熱が38.6度あります。」



・・・そうです。インフルエンザ。

又もや学校へ行き、そのまま病院へつれていくと結果は陽性。

お医者様は

「月曜日まで休んでくださいね」とにっこり・・・・・




前日に散々泣いたせいか、娘はじっと黙って、一点を見つめていました。


「これが、来年の本試合の時じゃなくて良かったね。色々なことがあるけど、きっと何か学ぶことがあるんだよ。昨日、手をひっこめ損ねたのも、気が抜けていたんじゃなくて、調子が悪かったのかもしれないね。」となぐさめにもならないコトバをかけておりました。


運転しながら、涙がにじんで仕方ありませんでした。

娘はショートで、3番、うちのチームは2年生が5人しかおらず、あとは、1年生。8月に3年生が引退してから、練習を始めたばかりの子達なのです。




2年生が1人抜けるのは大きいなあ・・・・

娘もかわいそうだけれど、先輩からムシされても、色々言われても、ひたすら頑張ってきたチームの子ども達に申し訳ない




こんな肝心な時に・・・・

先生にも、他のお母さんにも、チームの仲間にも、

言っても仕方のない「ごめんなさい」を連発しておりました。





なのに、




一番くやしい思いをしているのはいくみだからと、

皆が娘を励まそうと、

お見舞いをもってきてくれたり、試合のユニホームを届けてくれました。



ああ~いい子達ばかりだなあ

いい人ばかりだ

やっぱり人間は神の子です。





それに、こういうことがあると、気がつかなかった事を教えていただきます。

そうだ、他のチームも、試合の時、でてこられない子がいる。
それが、ピッチャーだったり、4番だったりすると

「わ、ラッキー」などと思ったこともありました。

でも、うちのチームはそのようなことが娘が入学してからはなかったように思います。誰かがでられない、ということに直面したことがなかった。

それって、すごくラッキーなことだったんですねえ。



誰も欠けることなく、出場できることに、感謝したことがなかったなあと気がつく




それで、今回善かったことをみつめてみました。




2回戦の相手の選手達、娘がでられないと聞いて、たいそう喜んでいたときいて、悔しいけれど、そう言ってもらえるということは、認めてもらえているということ。嬉しくもあります。





それから娘。

努力して、何でもできるまで努力して、やりたいことをやりとげてきた彼女は、相手にもそれを求めるふしがあります。(これは私もあり、反省一杯です)できないのは、努力が足りないからだと。

でも、できない時もあるんだね、

どうしてもできない時もある

そんな時はその人が一番苦しんでいる


温かなチームメイト達のコトバは

「どうしてこんなことに?」でなく、

「そっか~、つらいねえ」でした。

それがとってもありがたかったねえ、いくちゃん。

お母さんも教えてもらいました。




負けてしまった時も、

いつも負けるときのパターン、どんどん打たれて、自滅していくような負け方ではなかったそうです。

追い上げたけれど、最後、あと少しというところで追いつけなかった。

そんないい試合だったと。

それに、娘がでられず、いつもでている一年生も諸事情ででられなかったので、いつもは控えの一年生が2人でてくれて、がんばってくれたそうです。

それから、それから、

いつもはちょびっと、マイナスのコトバが多いS監督

私が「すみませんでした」と言ったとき

「いくみにとっても、他のメンバーにとっても、必要なことだったのだと思いますから。来年に向けてもっと強くなります」と思いっきり前向きなコトバを言ってくださいました。



先生すごい!

前向きだ~!

そうですね。「悪いこと」では、ないのですね。

沢山の優しさと、小さな気づきが、盛り沢山のここ1週間でした。

 

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捨て猫のはなし。。

数日前、めずらしく昼間家にいたら、チャイムがなりました。

インターホンに出てみると、

「あの、袋か何か頂けませんか?」と女の子の声

「え?袋ですか」

と聞き返すと、

「あの、駅の所で、子猫がすてられていて、一匹は死んでいて、それでなんとかしなくてはと思って・・・・」と必死な様子

出ていくと、そこには近所の高校の制服を着た女の子がふたり。

学校の帰りにみつけたようです。


一緒にいってみると、駅の自転車置き場の入り口に、小さな段ボール箱に4匹の子猫が入っていました。

みると、一匹はもう死んでいて、

あとの3匹はまだ目も見えてないようでした。

箱の中には、捨てた人が置いたのか、牛乳に浸したキャットフードもある。


「飼えませんか?」と女の子は言ってくれるのですが、

我が家は、長男が猫アレルギーらしく、猫を飼っている家へいくと、反応してじんましんがでる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


けれど、

私自身は、小学5年の夏、ラジオ体操の帰りにまだ目もあいていない子猫を拾い

同居していた祖母の猛反対を押し切って、

数時間ごとに、しょうゆさしで牛乳をやり、大きくなるまで育てたことがあります。



さらに、

そのような状況に遭遇すると、ほおっておけなくて、

OLになってからも拾ってしまった。


あさはかなことに、5年生の小学生でも育てられたのだから・・・・と部屋につれて帰ったのですが、

OLはずっと家にいる夏休みの小学生とは違い、

夜までは帰れない(あったりまえですよねえ・・・)


夜帰ったら、子猫は衰弱してミルクも受け付けなくなっており、

翌朝には死んでしまいました。



自分の馬鹿さ加減に泣き、

小さな命に申し訳なくて、それからは、「自分で責任をとれないのなら連れて行かない」と

自分に言い聞かせて

子猫に遭遇しても、近寄らないようにしていたのです。




・・・・が、我が子達も、私と同じです。拾ってきました。

長男の時は、

彼はまだ小さかったんですねえ。

朝学校へ行くときにみつけて、帰りにはつれて帰ろうと、バケツをかぶせてしまいました。


・・・・・が、それは夏の暑い中でのこと。

帰ってから私に報告してくれた頃には、暑さで弱っており、

翌日には死んでしまいました。





又別の時に拾った時は、

友達にお願いして飼ってもらったけれど、かえってご迷惑をお掛けしまてしまったんです。weep




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箱の中の子猫たちを抱き上げて、口にキャットフードを入れてやりながら、


あれもこれも思いだしました。





後ろでは


「なんでこんな無責任なことができるんだろう」

「うちは、犬がいるから飼えないんです」

「どうしたらいいんだろう」

と口々に話しあっている女の子達



私は、しばらく一緒に話をしたあと、

「ごめんね、うちは駄目なの。なんとかしてあげたいけれど、もって帰ってしまうと、他の人が拾うこともできなくなってしまうから、このままここに置いておくね。」と言って、

死んでしまった子猫だけをつれて帰り、庭に埋めました。





気になりながらも、見に行くと、つれてきてしまいそうで、動けず

一日たってから夜見に行ってみると、箱はそのままで、子猫たちだけ、いなくなっていました。

どうしたんだろうと少し不安になりましたが、


自分たちの力では箱の外にはでられないはずだから、誰かが拾ってくれたのだろうと信じることにしました。

この2日

「捨てられている猫たちにも使命はあって、

かかわった人間達は、色々なことを教えてもらえるんだ

だから、たとえ、そこで死んでしまったとしても、それはそれで意味があるのだ」

と自分にいいきかせながら、



実際は

何もできない自分や、すぐ泣きそうになる幼い自分になさけない気持ちになりながら


「誰か拾ってくれますように・・・」と祈っていました。




でも、ステキだなあ・・・・・と思ったのは、高校生の女の子達

なんとかしてあげたいと、必死になっている彼女たちに、じ~んといたしました。

人間って優しいなあ、温かいなあ~




ちょびっと切ないことや、なんとなくやりきれない気持ちになることがあっても

そこには、良きこと、温かなものもちゃんとあるのだなあと嬉しい思いでした。

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良いことも半分は報道するという法案

洗濯物をたたみながら、1分間の深いイイ話をみていました。

ルーマニアでは、報道するときは、良いことと悪いことを半分ずつ報道する、という法案が全員一致で可決されたのですってshine

テレビをみながら思わず

「ルーマニアはすごいねえ。えらいねえ!素晴らしい!」と興奮


でも、報道の自由を制限する憲法違反だということで、施行されずじまいになったそうですdown




「う~ん」レバーを押した番組のゲストさん達は、

「自分達が自主的にするんだったらいいんですけどねえ」などと言っていた。

伸助さんは、

「報道は数をとるために偏っているから、半々と決めるくらいで丁度よいのでは?」

というようなご意見

私も「そう思う!・・・・報道は平等であるべきだよねえ。施行したらきっと目に見える効果があるのにっ!!」などと鼻息あらく主人に語っておりました。dash




もし、この法案が施行されたら、

きっと、目に見えて変わってくるのになあ、残念だなあ、と思う反面



やはり、自由に選択できる中での善行するのが一番よいに違いない!とも思いました。

最近のテレビはいいこと、明るいこと、素晴らしいことも沢山やってくださいます。

う~ん、よくなっているなあ~。














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